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Motoyuki's Resilience Life

レジリエンスを高めるためにIT・介護・人材育成などジャンル問わず考えを綴る佐々木基之のブログ

医療は「受けるもの」でもあるが「自ら考えるもの」でもあるなと。

地域 介護・福祉 ブログ

医療=当たり前に存在して、必要なときに受けることができるもの

そんなふうに考えてました。でも、それって凄いことですね。

現役の薬剤師さんとの話を通じて、医療ってものと初めて向き合いました。

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医療とは受けるものであるというざっくりとした認識

僕にとって医療とは必要なときに受けるものという認識しかなかったです。

風邪を引いたら内科にかかって、歯を痛めたら歯科にかかって、など。

医療従事者じゃなければその程度の認識なのかもしれません。

そして、自分の身に何かが起こらない限りは、自分の家族に、大切な人に何かが起こらない限りは他人事でしかないのかもしれません。

 

でも、考えてみてください。

日本ではどこに住んでいても、何をしてても、適切な医療を受けることが可能です。

世界中に視野を拡げれば、国の制度などもありますが医療を受けたくても受けることができない人もたくさんいます。

当たり前にあるものは、当たり前にしてくれてる人がいるということを忘れてはいけないですね。

 

当たり前にあると思ってしまうと、何も考えなくなる

当たり前にしてくれてるのは、国の制度もあるでしょうし、なんといっても現場の第一線で働いていらっしゃる医療従事者の方々の努力の賜物です。

僕にはありがたいことに医療従事者が身近にいます。彼ら、彼女らが目の前の患者さんのために普段からどのような努力をしているのか拝見する機会もあります。

本当に尊敬しますし、感謝しないといけないです。本当に凄いです。

でも、そういう部分って"当たり前"で一括りにされてしまっている気もします。

もちろん、当たり前に医療を受けれる状態を否定しているわけでもありません。

ただ、自分も医療を受ける側なのであれば、提供してくれる側にすべて任せっきりにするんじゃなくて、自分自身も医療について考えてみる必要はあるんじゃないかと思いました。

 

当たり前になると何も考えなくなる。

何も考えていないのに、何か思い通りにならないと意見ばかりは主張する。

もしかしたら、知識があれば、事前に防ぐこともできたかもしれない。

そういうケースもあると思うんです。(もちろん、いろんなケースがあると思います。)

  • この薬はどんな効果があるのか?
  • この検査は何の意味があるのか?
  • この手術法はどんなリスクがあるのか?
  • これからの日本の医療はどうなっていくのか?

身近なものだからこそ、ちょっとだけ考えてみるって行為自体が大切だと気づかされました。

 

少しでも当事者意識を持つだけで行動を変えることができる

ちょっとだけ考えてみるってすごく大切なことだと思っています。

少しだけ疑問を持つとか、調べるとか、その行為自体は大きくなくても、進んで得た情報って自分の中に残ると思うんです。

何事にも当てはまるかもしれませんが、自主的に調べたり、知識を持つと自論を持つことができます。自論を持つと自分の意見に対する想いが芽生えますし、もっと知りたいという欲にも繋がると思うんです。

これが当事者意識ってやつの正体だとも思うんです。

 

当事者意識を持つって意識しないと難しいですが、意識すれば持てるものでもある。

意識する機会を外的要因や出来事に任せるんじゃなくて、自ら起こすことが大事なんじゃないかなと思いました。

 

医療は「受けるもの」であることには間違いないと思います。

ただ、「受けるだけのもの」ではないと思いました。

「自ら考えるもの」でもあるなと気づく機会になりました。

 

自ら考えることが当事者意識を持つことになり、医療で言えばそれが予防に繋がるかもしれません。

今言われている、地域包括ケアや地域医療を創るのは地域の人もその一員ではないでしょうか。

医療を創るのは医療従事者だけでなく、自分達もその一員ではないかと。