Motoyuki's Resilience Life

レジリエンスを高めるためにIT・介護・人材育成などジャンル問わず考えを綴る佐々木基之のブログ

子供は親の教育による成果物ではない。

最近の小さい子は自分で考える機会が多くないんだろうか?

と、前に記事にしたことがありました。

考えるよりも先に教えてもらうために、小さい頃から与えてもらうことに慣れる。

考える癖を持つにはどうしたらいいのか?

子供を放っておくことも時には大事

最近の親世代は自分の親世代(両親は50歳)に比べて過保護なんじゃないだろうか?

朝の情報番組やバラエティ番組などで子供をテーマにした特集などを見るとそう思う。

過保護は悪ではないとは思いますが、子供の考える力によい影響ばかり与えてないとも思います。

先日、ある音楽家の方のセミナーに参加してきました。

その音楽家の方は、子供向けに音楽をテーマにしたワークショップなども開催していらっしゃるということで質問をぶつけてみました。

佐々木:「最近の親世代は過保護に思います。子供の考える機会を奪っていると思います。つまりは子供の創造性を制限していることにも繋がると思うのですが、ワークショップではどのように子供の創造性を引き出しているんですか?」

音楽家:「子供を放っておきます。考えたいように、やりたいようにさせます。」

あれやこれや策を打っているのかと思いきや、なんとも予想外の答えでした。

 

子供を放っておく。これは放置するではなく、見守るという意味だと思います。

子供を放っておくことも時には大事だと思いました。

 

子供を信じること

子供は親が喜んでくれると、嬉しいですよね。

親が悲しんでいると悲しいし、怒っていると怖いし、無言でいても怖いし。

かと言って、関わりを持たれすぎるとなんだか突き放したくなったり。

でも、なんだかんだ言って親の反応を見ていると思うんです。自分はそうでした。

自分の父親は勉強できてもあまり褒めてくれませんでした(笑)

100点のテストを見せても、じゃあこの問題は解けるか?と、褒めるよりも先にテストよりも難しい問題を出してくる感じでした(笑)

でも、父親なりに褒めてくれてたのかなあと今になって思います。

だって難しい問題を出してくるって、どうでもよかったらしないじゃないですか。

息子にもっと頑張ってほしいから、満足してほしくないから、あえて挑戦させる。

息子はまだまだやれると信じていてくれていたからかもしれません。

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子供は親の教育による成果物ではない

教育って決して一方的なものではいけない気がします。

仕事で新人研修の講師なども担当するのですが、講師を経験をして思うことは、講師はあくまできっかけを与えるにすぎないということです。

心理学者の河合隼雄さんの受け売りですが、教育って、教え育てることではなく、「教え育つ」なんですよ。そして子供は両親だけでは育ちません。おじいちゃん、おばあちゃん、友達、先生、近所の人、サークルの仲間、いろんな人が作る大きなバスケットの中で育つのです。親もそのバスケットの1要素でしかないのです。

教育とは親からの一方的なものでなく、子供から学ぶことだってあるじゃないですか。

子供は決して、親の教育による成果物ではないわけなので、子供をひとりの人間としてきちんと向き合う、信じるということがどれだけ大事なのかということに気づかされます。

親は、きっかけを与え、そして見守り、何よりも子供を信じるということが大事なんじゃないかと思いました。

 

最後に、今日この時間になっても書き上げたいと思ったきっかけになった記事を紹介して、このブログを終えようと思います。

まさに、今日の内容が1つのエピソードとして実在していると言えます。

是非、ご一読ください。

過保護すぎる親たちの意識を変えた一人の小学生の作文が心に響く…