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Motoyuki's Resilience Life

レジリエンスを高めるためにIT・介護・人材育成などジャンル問わず考えを綴る佐々木基之のブログ

SNSを使うのか、SNSに使われるのか

こんばんは。前回のエントリから1週間ほど空いてしまいました。

日曜から続いてた仕事が一段落したので1週間ぶりにブログを書いています。

仕事を言い訳にしたくない。

ということで、ブログを書く時間帯を夜から朝に変更しようかと考え中です。

 

いきなりですが、皆さん1日どのくらいSNSに触れていますか?

歩きスマホという言葉があるくらいですから、歩く時間もスマホに当てる人はたくさんいるんじゃないかと思います。

そんな自分も毎朝、ニュースアプリ、facebooktwitterを見るんですが、facebookを見ててこんな記事を発見しました。

20代のほとんどが"完璧な人生"を演じようと~

というなんともキャッチーなタイトルだったので早速リンクを開きました。

 

記事を読んでみて、内容をざっとまとめると、、、

  • facebookでは自分とは違う自分を演じている
  • fecebookで知人の近況を見て、一喜一憂している

という感じでした。

 

自分の発信した情報は自分自身を表す

記事の冒頭で以下のような文章がありました。(以下、引用)

バージニア大学のメグ ・ジェイ教授は1999年から10年以上、20代の心理カウンセリングをしてきましたが、教授の前では人生の悩みを打ち明け、ものすごく悲観的なのに対し、彼らのフェイスブックツイッターを見てみると、明らかに人生を楽しんでいるように書かれていたそうです。 

どう使うか?という部分は各々自由だと思いますし、どんな使い方が正解というのはないと思います。ただ、僕が認識しておくべきだと思っていることは自分が発信した情報は自分を表すという部分かなと。

例えば、愚痴を投稿したとします。使い方は自由なので自分は満足かもしれません。思っていることをシェアできたわけですから。

では自分をフォローしてる人はどう思うでしょうか?

優しくコメントしてくれる人もいるかと思います。逆に、愚痴を見てこの人の投稿もう見たくないという人もいると思います。

自分が発信した情報は良くも悪くも自分自身を印象づけるということを意識しておくべきなんじゃないでしょうか。

と、僕は思っていますし、投稿する際もそのことはしっかり考えます。

 

情報のある一部分でしかない

記事の中に以下のような文章がありました。(以下、引用)

ほとんどの20代が知り合いの書き込みや写真を「真実」だと受け取っており、それが自分に疎外感をもたらしているのではないでしょうか。

冷静に考えると、facebookはいちアプリケーション、サービスです。

先程書いたように、自分が発信した情報は自分を表すと思っています。

なので、なんでも赤裸々に書いていいかと言われると、それは違うと思います。

ある程度、自分の中で使い方を考える必要があると思います。

ビジネス目的で使っている人は、発信する情報をどんな内容にしようかと考えると思いますし、飲食店などであれば季節限定メニューなど料理の情報を発信すると思いますし、スポーツチームなどであれば試合情報を発信すると思いますし。

全て何を発信するか意図的に考えており、それは情報の一部分でしかないと思います。

facebookはいちアプリケーション。そこに載っているものが全てなわけないと思いますし、全てを載せるのも考えものだと思っています。

 

いいね!は直接の方が嬉しいですね

「いいね!」を押すだけではなくて、それを直接言ってあげよう。

とあるように、やはり直接的なコミュニケーションが一番感情が伝わりますよね。

「いいね!」を押してもらうことで嬉しい気持ちになったりするのは投稿している以上当然のように感じると思います。

でも、「いいね!」をもらうために投稿することがそもそもおかしいと思います。

「いいね!」の数が全てだと思っていると身が持ちません笑 

僕なら「いいね!」の数を気にするんじゃなく、「いいね!」と言ってもらえる、人が自分に「いいね!」と直接言いたくなるような頑張り方を目指したいなと思います。

 

SNSは使い方によって、簡単に支配されてしまうものに様変わりすると思います。

使い方を考え、SNSに使われるのでなくSNSを使うという使い方を。

SNSは全ていちアプリケーションですから。